エチ

エッチです



大学時代、とある事務所でアルバイトとして働いていた。
その事務所は俺のような大学生が男女取り混ぜて多数働いていて、
俺が通う大学のみならず、他大学や短大の学生も多く居た。
大学でサークル活動をやらなかった俺は、そのアルバイトをサークル代わりにして、
それなりに青春時代を謳歌していたのだ。

その職場に、ある女が居た。短大生。同期だ。
その女は、一言で言えば「ハナにつく女」だった。
彼氏が居るらしく、何かとあれば「あたしの彼氏が~」を繰り返す。
場の空気をぶち壊す。笑い顔が下品。
顔も、しゃべり方も、何もかも好みじゃなかった。

その女に対する厳しい目線の理由に、
当時俺はある女の子に、身も世もない恋をしていたので、
ほかの女には一切目がいかなかった、というのも多少含まれているけれども。
それをさっぴいても、俺はその女を嫌いになっていたと思う。

お互い様、というやつで、
その女のほうも俺のことをお気に召さなかったようだ。
遠まわしに俺に対する悪口(あっこう)などを言っていたと、聞いた。
俺は冷笑した。あの女が火種となって職場でいたたまれなくなるような、
残酷な攻撃を受けることはないと確信しきっていたから。

かといって、俺とその女の対立は表に出ることはなく、
その職場に渦巻く~~~若い、未完成な男女が集まる場では仕方のないことで~~~
たくさんの、スキ・キライ・キニイラナイの波に飲み込まれ、
表面上は「平穏な同期グループ」の体裁を保っていた。


ある日、同期のうちの一人の家で、飲み会が行われることになった。
皆金がなく、そのくせ酒は飲みたいので、
それぞれ酒を誰か仲間の一人の家に持ち寄って朝まで飲み、酔ったら雑魚寝、なんてことを、
一週間に一度はやっていたころだ。
その飲み会も、特別な始まり方は何もなかった。


俺ひとりアルバイトのシフトが入っていて、俺は飲み会に遅れて参加した。
「おーう、遅れたー」
俺がドアを開けると、騒がしい声とかすかにアルコールのにおいが俺を迎えた。
もう飲み会は始まってしまっている。
皆ドアを注視し、俺にむかって「よー。おそかったなー」とか、
「おう、お疲れー。呑め飲めー」
なんて言って来る。
俺はジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながら、(アルバイトではスーツ着用義務があったので)
車座に加わった。

すると、小さな影が俺に向かって突進してきたではないか。
「!?」
俺はビールを片手にその影を受け止めた。
「な、なんだよ」
その影は、あのいけすかない女だった。
小柄な女は俺の胸板に取りすがり・・・そして泣いていた。
「どどどどど、どうしたんだコレ」
平素の反発心など、この状況になってしまえば吹き飛んでしまった。

俺はどもりつつ、周囲にこの女の状況を問うてみた。
我ながら情けないと思いながらも、
この女があまりにも軽く、細く、不覚にもいい香りがしてしまうことを、俺は感じていた。
「彼氏とさ、別れちゃったんだって」
この会場の主のみっちゃんが複雑そうな顔をして言った。
「それで、ほら、ケンちゃんって頼りになるからさあ。だから、ケンちゃんそうしてあげててよ」
女は俺に顔を押し付け、ワイシャツを通して熱い涙が俺の肌に沁みた。泣きじゃくっている。
「ちょ、ちょっと!困るって・・・!」
女のわずかにある胸などが強烈に存在感を主張していた。困る。
みっちゃんは、女と俺をかわりばんこに見ている。
「多分泣くだけ泣けば、おとなしくなると思うからさ」

俺は座り込み、
女を抱え、ときおり「よーしよし」なんて言いながら、ビールをひとくちひとくち確かめて、飲むハメになった。
(俺は子守か)と自嘲する。自嘲もなにもそのとおりなのだ。

周囲の仲間たちは俺がこの女を抱えていることを意識しつつ、また意識しないように、
適切に(これ以外の用語がいまいち思い浮かばない)騒いでいた。
俺は、女が預けている熱量を中心に、急に外界とシャットアウトされた。
性に対する興味と、この女に対して抱いていた嫌悪と、うまくもないビールがぐるぐるぐるぐる、
脳みそを駆け巡っていた。

「(何で俺なんだ)」
「(実はこいつ俺のこと好きだったのか?)」
「(せ・・・・・せっくす???)」

あれほどまずいビールを俺は飲んだことがない。

この女のことは、やはり嫌いだ。
好きな子のことを脳裏に浮かべてもみた。
が、俺は、女を振り払うことができなかった。


夜更け。というよりも、もう夜明け近く。
バカ騒ぎの宴の後、いつものように仲間たちは酸欠気味の部屋の中で、
思い思いに寝転がった。
寝息がすうすう聞こえる。皆酔いつぶれて寝てしまったのだろう。
俺はちっとも寝れなかった。なぜなら、あい変わらず女は俺に体重を預けていたからだ。
形だけは寝ていたので、ぴたりと密着して寝ている状況である。
俺は熱い女の体を感じていた。
熱くなっていたのは俺の方かもしれない。
無言で、俺は天井を見つめていた。戸外を走る車のヘッドライトが横切った。

俺は、女は寝たふりしているだけということを確信していた。
そして女は、俺が起きていることを確信していた、のだろう。


どれほどの沈黙があったのだろう。

女がもぞり、と動いた。
ちょうど胸に頭を当てていたのが、俺の頬に密着しながら、頭が上ってくる。
頬へのキスに等しい距離。俺は息を止めた。
頬に女の吐息が当たる。そして、女が耳元で口を開くしめったおとがした。
女のささやきが聞こえた。
「寂しいの」と。

一拍おいて。
「寂しいの」。
女は同じことを言った。

[PR]

by kentakuma | 2005-07-30 10:50 | 謎小説