Boredom

小学生のころ、
両足のすねいっぱいにジンマシンらしきブツブツができ、
肌が強くなかったわたくしは、
「あー、いつか皮膚科いかないといけないねー」などと母親に言われ、
めんどくせーけどまあしょうがないな、と思い、
剣道に通ったりいろいろと、普通の小学生生活を送っていたのですが、

さて本当に皮膚科にいきますと、
そこの先生がひと目見て「ムムッ」とした顔になりまして、
どうやらタダのジンマシンではなく、足の血管が破れ内出血していたのです。
「ほら」
先生は、ぶのあついガラスの、直方体のものを私のブツブツに押し付けまして、
「こうやって押し付けても赤味が取れないでしょう?
これはシハン病というのです。君の体の中は、今パニック状態になっているね」
と冷静に診断した彼とは対照的に、
母親の顔は見る見る青ざめていき、
僕はシハン病ってなんだそりゃ、と思っておりました。

紫の斑と書いて、紫斑病。

わたくしはそのまま、ちかくの大学病院で入院するハメになってしまいました。

血液の病気のようでした。
詳しいことは、入院当初はわかりません。
だんだん判ってくるのは、担当の先生の説明を受けてから後です。


大学病院にて、
最初に割り当てられた部屋は、
周りは赤ちゃんだらけでした。

今思うと、ひでえ扱いを受けたのだなあ、と思うのですけれども。


夜、家を離れ心細かったわたくしは、
夜泣きする赤ちゃんたちに睡眠を妨害されるハメになってしまいました。

寝れずにつらかったのですが、
自分より先に泣き喚いている赤ちゃんを見て、
お兄さん的感覚になってしまい、逆に不安は薄れていきました。

入院したてで、
足にブツブツがある以外はなんの自覚症状もねぇのです。
でも、安静が言い渡されていました。

昨日まで飛んだりハネたりしていた小学生低学年が、
じっとベッドの上で寝ているのは、苦痛以外の何事でもありません。

ベッドの上で、何もすることがなく寝ていました。
あまりにやることがないので、
天井の模様の点々の数を数えたり、
「俺は超能力者だ!天井のカーテンレールのアルミを念力で曲げてみせる!」と、
あやしくカーテンレールの一点を凝視し疲れ果てたり、
やることがなく、本当に暇でした。アホでした。


その後、すぐに同年代の子たちが集まる大部屋に移され、
移されたあとはファミ通のまわし読みをしたり(僕はそこではじめてFFシリーズの存在を知りました)、


まあファミコン持ってなかったけどね!!


もとい。
カードゲームをやったり、
あまりにも勉強をしなかったので年配の看護婦(当時ね)に怒られたり、
最強に怒られたのが、
8時消灯だった当時、
ポケットテレビを持ち込んで、当時大人気だった仮面ノリダーや、
ねるとん紅鯨団をこっそり、見てしまったこと。
あれは怒られた。すげぇおこられた。

というふうに、
わりと、入院生活を楽しんでいました。


親にせがみ、
ミニ四駆を買ってもらって改造したり、
初めて、教科書以外で文字だらけの本を自発的に読んだのもベッドの上でした。
(ズッコケ3人組シリーズと吉本直志郎の本)。


入院生活を堪能している間、
腎臓の調子はだんだんおかしくなり、
尿たんぱくがかなり濃い濃度で出るようになりました。

そのうちに熱っぽさと倦怠感が襲ってきました。
ほおっておくと腎臓にダメージがきて
腎不全にまでなってしまう可能性があるということで、
僕は、それを防ぐための相当苦い薬を飲むことになりました。

強い薬を飲み、食欲がなくなり、
いっしょに遊ぶこともできなくなり、




んで、なんか知らんが直りました。


薬が効いたわけでもないらしいのです。
この病気になった原因もわからず、
直った理由もわかりません。

結局紫斑病は再発せず、
僕は日常生活に戻りました。

いっしょに入院していた子で、
僕と同じく腎臓を患い、
同じ部屋に居、
僕に漫画家桜玉吉を教え(当時ファミ通で連載していたのね)
吉田戦車を教え(上に同じ)
大部屋のボスで、

僕より早く入院していた子は、
腎不全に陥り、
幼くして亡くなってしまった、と聞きました。


たまに思い出しますが、
どうするというわけでもありません。


今、「俺実は病弱だったんですよねぇー」と言うと、
みんな「ウソだろゴリラ」
といいます。
病弱だ!と言い張りたいので、とりあえず書いておきます。

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by kentakuma | 2005-11-11 04:08 | 謎小説